リタイヤからの出発

旅の写真や、田舎暮らしの様子などを、書いていきます。
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2019.4.14~18まで「富士山・長野・岐阜の花見旅」

 雪を頂いた富士山を見たいのと、福岡の奥地君と合流して長野の一本桜を一緒に見る目的でこの時期に短い旅に出る!

前日に季節外れの雪が降り桜の枝が折れる被害があったり、開花時期が大幅に遅れたり反対に雪の重みで満開の桜が雪とともに落ちてしまったりで桜祭りの実行委員会の人たちは大騒動になったそうだが、富士山は溶けかけた雪が真っ白になって見頃でした。

 上二枚は「本栖湖」から見た富士山

 ↑精進湖からの富士山

 ↑↓昔から一番好きな「西湖」からの富士山

 ↑河口湖からの富士山

 ↑↓三国峠に抜ける途中にある「山中湖パノラマ台」中山湖と富士山とススキ野原が一緒にタダで見れるビューポイント!

↑富士見町より富士山遠望

 忍野八海

 湧池と富士山

 中心部にある池(中池)は個人所有の池らしい(一番人が集まっている)「忍野八海」ではないそうです(笑)

ここでは日本語を聞くことはほぼありませんので、翻訳機を持って観光客に話しかけねばなりませんのでご注意を!

 この前来た時は富士山は見え隠れし、この池に映った富士山を見られませんでした「鏡池​」

 「菖蒲池」

 「御釜池」かつて存在した石碑には「ふじの根のふもとの原にわきいづる水は此の世のおかまなりけり」との和歌が刻まれていたそうです。

 「はんのき資料館」(有料)の庭の池にはマスの大群が見られる!

 底抜池「はんのき資料館」の奥にある池。石碑に「くむからにつみはきへなん御仏のちかひぞふかしそこぬけの池」との和歌が刻まれている。(忍野八海に唯一個人所有の池)

 ↑「はんのき資料館」の展望台より庭越しにみる富士山!

 ↑眞原桜並木↓

 武川町の眞原(さねはら)地区に広がる牧草地の道路脇の桜並木で、約750mもの桜のトンネルが伸びています。

昭和20年代に入植してきた人達が土地の発展を願い、昭和40年代にソメイヨシノを植樹したのが始まりです。
満開時には甲斐駒ヶ岳など南アルプスの残雪を眺めながら、(写真下)桜並木をゆったりと散策できます。

 ↑野本家の桜

↑ワニ塚の桜(山梨県韮崎市神山町北宮地624)

 推定樹齢約330年、幹周り3.6m、樹高17mの見事なエドヒガンザクラの1本桜が花を咲かせる「わに塚」。この名前の由来は、日本武尊の王子武田王の墓、前方後円墳、王仁族が住んでいた所などの諸説から来ています。郵政省「さくらメール」のポスターや2004年に放送された「桜咲くまで」などテレビドラマのタイトルバックにも起用され、晴れた日には八ヶ岳や富士山も見ることができる。(左下に富士山がうっすら見えるかな〜!)

 「ワニ塚の桜」左下の雪山は八方尾根)

 山高神代桜(北杜市武川町山高2763)

実相寺の境内に咲く、山高神代桜は、日本三大桜のひとつに数えられる。日本武尊が東夷征定の折りにこの地に留まり、記念にこの桜を植えたという伝承が名の由来となっており、その後、日蓮聖人がこの木の衰えを見て、回復を祈ったところ再生したため、「妙法桜」ともいわれている。樹高約10.3m、根回り約11.8m、推定樹齢2000年とも言われる、日本で最古・最大級のエドヒガンザクラで、国指定の天然記念物第1号に指定されている。(ウィキペディアより)

 神代桜は散ってたのは分かっていたが、素通りはできないので寄ってみたが駐車場の人がばつが悪そうに料金を徴収していた、こちらは分かっていたし神代桜は花より幹が見所なので機嫌よく現金をポ〜んと払ってやった(笑)

 

 境内には各地の有名な二世桜が各種植わっていたが中でも面白かったのが写真上の「宇宙桜」

 

 2008年(平成20年)から2009年(平成21年)にかけて、本桜を含む14種の花の種を国際宇宙ステーションの日本実験棟「きぼう」に8カ月半滞在させた後に地球へ戻し、無重力状態が発育に与える影響などを調べる実験が行なわれた。約120粒宇宙飛行した種のうち、帰還後発芽したのは2粒に過ぎなかったが、うち1本は宇宙桜として実相寺で公開されている。

 

 この宇宙神代桜(仮称)は2010年(平成22年)に発芽したものだが、2012年(平成24年)春に異例の速さで初開花し、注目を集めた。2017年(平成29年)3月、宇宙桜に成った実を発芽させた2世樹が、岩手県洋野町および福島県樽葉町に贈呈され、東日本大震災からの復興のシンボル「きぼうの桜」として植樹された。

 

 その後も同様に、2018年4月には福島県浪江町および富岡町に、2019年3月には福島県飯舘村、宮城県名取市に贈呈、植樹されている。(ウィキペディアより)

 武田八幡宮へと続く参道の途中に、趣のある古い二ノ鳥居

武田八幡宮について

 弘仁13年およそ1200年前の822年嵯峨天皇の勅命により武田王の祠廟を遷座し同時に九州宇佐宮を合祀し創建された古社になります。京都石清水八幡宮の859年よりも古く、鶴岡八幡宮の1063年より遥かに古くなります。

 

 これは武田王の祠に由緒するためで、信義公以降は甲斐武田家の氏神として代々尊崇されました。

明神形式の石鳥居で、高さ2.69メートルです。鳥居の貫には「干旹天正十二年■月■日 八幡宮」という修理銘があります。

 石垣は長さ6.6メートル、高さ1.67メートルです。右側石垣の石階柱には「享保九年甲辰八月」の銘があります。

 石鳥居は正面に石垣があるために両脇へ回り込む必要があり、特殊な形態をしています。

「石鳥居は太くどっしりとしていて低くて特異な形をしていて今まで感じたことのないパワーのようなものを感じました!」

総門(派手さはないが静かな威厳とゾクゾクする何かを感じてしまった)

 

 

 

 

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